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「ストレスの時代」から「トラウマの時代へ」

市民の安全感や相互信頼を損なわない制度設計を

心身医学を学ぶ医師の立場から

 ポリヴェーガル理論(The Polyvagal Theory)は「多重迷走神経理論」と訳せますが、自律神経の新しい概念です。「心身相関」の概念は、心身医学の中核をなす要素ですが、「心(こころ)」は個人を取り巻く社会・環境から大きく影響され、身体に「症状」として反映されることになります。
 ポリヴェーガル理論の観点から見ると、人間の安全感は「からだ」「こころ」「社会」の相互作用によって支えられています。ポリヴェーガル理論では、私たちの神経系は安全を感じると他者との協力や対話に向かい、脅威を感じると闘争・逃走やシャットダウンに傾くと考えます。
 この視点から現在の日本社会を眺めると、日本国憲法改悪論議、防衛費の大幅増額、敵基地攻撃能力の保有、緊急事態への権限集中を志向する議論などは、社会全体を「脅威への備え」という物語で組織する傾向を強めているように見えます。もちろん安全保障上の課題への対応は国家の責務であり、一概に否定はできません。しかし、脅威の強調が過度になると、市民の神経系は慢性的な警戒状態に置かれやすくなります。
 ポリヴェーガル理論では、安全感は武力だけでなく、信頼できる制度、公正な手続き、他者とのつながりによって育まれます。ところが、格差拡大や不安定雇用、社会保障の縮減、異を唱える論調を「非国民的」「非現実的」とみなす風潮が進めば、人々は互いを協力相手ではなく競争相手や潜在的脅威として認識しやすくなります。これは社会的エンゲージメントを弱め、民主主義の土台を損なうことになります。
 特に社会のレベルでは、戦争に向かう制度とは単に軍備の拡大だけを意味しません。市民が恐怖によって統合され、対話より同調が重視され、複雑な問題が「敵か味方か」の二項対立で語られる状態そのものが危険です。神経生理学的に言えば、社会全体が闘争・逃走モードへと動員されることになります。
 真の安全保障とは、人々が安心して学び、働き、異なる意見を語り合える社会を維持することです。ポリヴェーガル理論の示唆は、国家が脅威への備えを強化する際にも、市民の安全感や相互信頼を損なわない制度設計が不可欠だという点にあります。戦争を防ぐ力は軍事力だけではなく、人々が互いを人間として認識し続けられる社会的つながりの中に存在するのではないでしょうか。